2012年04月29日

人類の消費は、地球1.5個分

今朝の新聞の記事より。

人類は、地球の食料生産力や浄化能力の1.5倍を消費しており、30年前から過剰利用に陥っている。
例えば、世界の全人口が日本人と同じ暮らしをすると地球2.6個が必要。
そして、世界の人口が肉中心の食事で自家用車を乗り回す米国人並みに暮らすと、地球は4.4個分必要になる。

自分の今の生活を棚に上げて、新興国に真似をするな、とは道理ではない。
むしろ、新興国に自分たちと同じ生活をさせる、と銘打って、日本をはじめとした先進国と称する国の企業は、躍起になって市場拡大を行なっている。

要するに、経済面から見れば、日本の企業はもちろんのこと、地球上の企業全てが、全世界の市場で更なる売り上げ倍増のことばかりを考えている。
これの意味していることは、全世界の米国化である。

この地球において、人類の生命維持が不可能になる時期は、そんなに遠くない話である。

人は何をすべきか。
私たちは何をすべきか。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:兵庫県 神戸市北区 大沢 Film Fuji ベルビア〕

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2012年04月21日

その場所の物語とつながる旅 その1-7

原料。
物作りにおいて、突き詰めていくと、必ずここに至る。

飯尾醸造のお酢も、その原料である米に行きついた。
そして、それは最近ではない。
なんと、昭和37年という。

数年前に言われ出した無農薬の米を、酢の原料に決意されたのが、実に50年以上も前というのだ。
これは、もう驚異的な話だと思う。

そして今、その米を作り続けてきた丹後の棚田において、高齢化などの問題から、自ら米の作り手になっているという。
これこそ物づくり精神の究極の姿があると思う。

たった1日。
「酢造り」というものから、人生を変えるほどの感動を得るということが起こるなど、想像もしなかった。

今、「酢」が私にとって、とても身近な存在であり、その本物を味わうとき、なんとも言えない幸せを感じるのである。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:京都府宮津 上世屋 Film Fuji ベルビア〕

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2012年04月19日

その場所の物語とつながる旅 その1-6

ところで、お酢というのは、料理で言うところの「調味料」である。
これもお聞きした話だが、何を隠そう、お酢はこの国でもっとも古い調味料というこ
とらしい。

この国に生まれた以上、この日本古来の調味料にしっかりと向き合い、知識を持たな
い、ということは、これはちょっとまずいのではないだろうか。


写真・文:円満堂 修治
〔写真:京都府宮津 飯尾醸造 Film Fuji ベルビア〕

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2012年04月18日

その場所の物語とつながる旅 その1-5

熟練職人の勘に頼る発酵法「静置発酵」
とにかく時間と手間が掛かる。

創業100年余り。
会社のポリシーは小さなお酢屋でいい、妥協は許さず、納得いくものを造り続けるということ。

こういう素晴らしい会社がある。
こういう素晴らしい人たちがいる。

そう思うだけで、私までも勇気が湧いて来る。
そして心が震えるのだ。

・・・蔵に置かれている道具全てにも、それぞれにポリシーを持ち、それぞれの存在感を感じる。
この場所には人だけでなく、全ての道具までにぎっしりと詰まった「物語」というものを感じずにいられない。


写真・文:円満堂 修治
〔写真:京都府宮津 飯尾醸造 Film Fuji ベルビア〕

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2012年04月16日

その場所の物語とつながる旅 その1-4

少し話が逸れる。
今回、この企画を立案し、飯尾醸造さんにアポイントを取ったところ、担当の秋山俊
朗さんが、なんと私のことを知っているという。

20年近く前、環境教育関係で、私もあちこち顔を出していたときにお会いしていたよ
うだ。
失礼ながら、私の乏しい能力の記憶力では無理だったのだが、こうして覚えていてく
れるということに、ほんとに心の底から嬉しくて仕方がない。

人とのご縁というものは、本当に宝だと思う。
秋山さん、これを機会に、これからもどうぞよろしくお願い致します。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:京都府宮津 飯尾醸造 Film Fuji ベルビア〕

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2012年04月14日

その場所の物語とつながる旅 その1-3

酢造りについて、その工程を遡ってみようと思う。
もちろん、これは飯尾醸造さんで、蔵を見学させてもらいながら、丁寧にお話を伺っ
たからこそ学べたことである。
この機会がなければ、私は一生酢は嫌いなものであっただろう。

さて、麹と水を加えた蒸米が醪(もろみ)になるのは、50日以上ののち。
それから更に100日以上かけて発酵させてやっとお酢になる。
そして季節などよって左右されるが、この発酵後平均的に250日以上熟成させる。

一方、私がいつも口にして来たものは、この工程がたった1日だという。
ありえない話だ。
そもそもアルコールから造られている、という時点でお酢と言っていいのだろうか、
とも思ってしまうほどだ。

日本古来から伝わってきた自然に逆らわず、そしてその力によって造られる酢。
だからこそ、まったく違うものなのだが、本来こちらが本物である。
そして、驚くことは、この自然の摂理に従った伝統的な工法で造られる酢は、市場に
おいては10パーセントに満たないということ。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:京都府宮津 飯尾醸造 Film Fuji ベルビア〕

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2012年04月13日

その場所の物語とつながる旅 その1-2

40数年来、酢の苦手な私が、それを塗り替える一大事件が起きた。
その事件が起こったのは、明治26年より京都府宮津市で酢作りをしている、「飯尾醸
造」さんでのことである。

結論から言うと、40数年を経て、やっと本物の酢というものに出会ったということ。
それまでの酢は一体何だったのか?
まったくそれとは別物である。

試飲用の小さなおちょこで飲み比べさせてもらうと、原料である米作りからこだわっ
て造られた、ということが、身体の芯から納得できる、そんなお酢だ。

本物というものを知らないので、実際は分かったようなことを言えないのだが、今回
だけは違う。
こうして身体の芯から全身に至るまで喜んでいることが、強烈に実感できるのだ。
これが何より証明している。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:京都府宮津 飯尾醸造 Film Fuji ベルビア〕

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2012年04月12日

その場所の物語とつながる旅 その1-1

私にとって、「お酢」とは苦手な存在だった。
子どもの頃、母親が作るキュウリとちりめんじゃこの酢の物。

健康にいいからと、たっぷりの酢に浸かったそれは、喉が通らないほどのあのなんと
もいえない刺激だった。
無理して呑み込むと、そのあと咳込んでしまう。

大人になった今も、この子どもの頃と変わらず、やはり酢の物はちょっと苦手である。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:京都府宮津 飯尾醸造 Film Fuji ベルビア〕

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posted by PENS at 22:30| 報告

「宮津に残る伝統の酢造りと、そこに隠れた素敵な物語」

長らくご無沙汰しております。
本当に時間の経つのは早いもので、ついこの前まで寒さに震えていたかと思えば、もう桜が散ろうとしております。
時間を大切にしなければ、という思いをあらためて感じています。

さて、PENS発足時より準備をしておりました大人の方向けのエコツアーをスタートする運びとなりました。
初回は、6/20(水)
行先は日本海側の天橋立で有名な宮津市です。
メインは、ここでこだわりにこだわりぬいた本物の「お酢」を醸造されている老舗「飯尾醸造」さんを訪れます。

本物のお酢の作り方とは。
徹底的にこだわることとは。

それを実感しながら、大切にしたいこの場所、そして人の物語に触れていきたいと考えております。
本日より、この初回ツアーのロケハンを行なったときの私の感じた物語を掲載してまいります。

エコツアー 〜その場所の物語とつながる旅 第1弾〜
「宮津に残る伝統の酢造りと、そこに隠れた素敵な物語」

に是非のご参加をお待ちしております。

エコツアー詳細は、PENSホームページや配布物にて行なって参ります。


文:円満堂 修治
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2012年03月13日

その場所への想い

通勤途中のこと。
とあるパスタの店が解体され、その残骸だけが残されていた。

この店は、娘が中学入学式の帰路に立ち寄った店だ。
正装した我々親と、真新しい制服姿を察した恐らく店長が、
「入学式ですか? おめでとうございます」
と、声を掛けてくれた。

この一言だったが、この道を日々往復するたびに、このことを思い出しては、あの日
の優しい気持ちになるのだった。

私も阪神大震災で、実家も全壊し、ふるさとの風景を奪われた。
そのときの空虚な気持ちは決して忘れない。

だが今日、たったあの日の思い出だけの店が、姿を消しただけなのに、再び心の一部
が欠けた。

3月11日、この国の多くの人が、この何倍、何百倍、いや計り知れないほどの大
切なものを失った。

それを想うと、とてもやりきれない。
だが、必要なことは、やはりいつまでもそれにとらわれていてはならないこと。
私たちは、前に進むしか与えられていない。

・・・言葉にすることは簡単だ。
でも、そんな簡単にはいかない・・・。


写真・文:円満堂 修治
〔写真:石川県 輪島市 Film Fuji ベルビア〕

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2012年03月12日

親の役回り

今日、ホームステイで、カナダに行く娘を空港まで送る。
自分より大きいぐらいのスーツケースに荷物を詰め込んでの出発。

自分が知らない場所、知らない世界へ飛び立つ姿に、子はいつまでも幼い子どもでは
なく、親はいつまでも親ではないという思いに駆られる。

親ではない、という表現は正しくない。
子は、大人になるに従って、親は次第にそれまでの親の役回りを変えていかねばなら
ないということだと思う。

嬉しいのだが、本音は寂しい。
本当に矛盾している。

でもこれが、「人生」というものなのだと思う。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:奈良県 明日香  Film Fuji ベルビア〕

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2012年02月26日

「関ヶ原」の物語 その8

訪れたのは秋のある日。
広がる田は、稲刈りが終わったあとだった。

そんな田を覗き込むと、不思議な模様が。
数日前に降った雨が作ったと思われる模様。

決戦の当日。
この田も多くの兵たちが駆けたことだろう。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:岐阜県 関ヶ原 Film Fuji ベルビア〕


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2012年02月18日

良寛さん

今、良寛に関する本を読んでいる。

村の子どもたちと手鞠をついたり、かくれんぼなどをする遊びの中に、良寛さんは何
か大切なものを見いだしていたのではないだろうか、という記述になんとなく共感で
きる。

目的もなく、利害関係もなく、ひたすらにそれに没頭すること。
確かに、子どもの頃はこうして無我夢中になって遊んだものだ。

「無我夢中」
いい響きだと思う。
この言葉には、良寛さんが仏道から行きついた、生きる上で忘れてはならない大切な
答えが含まれているのかもしれない。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:滋賀県 仰木 Film Fuji ベルビア〕

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2012年02月05日

「関ヶ原」の物語 その7

今、人気の武将は、石田三成らしい。
最近になって、次第にその真相がはっきりしてきたのかもしれない。
これは、ほんの少し前まで、まだ江戸時代の延長線上にあり、民衆の潜在意識の中で、
タブーが存在していた証しだと思う。

専門家ではないので、無責任な話になっていれば、お詫びしなければならないが、も
しそうだとしたら、まだ本当の意味で、維新を迎えられていないということになる。

また、日本には、敗者がその後に人々に敬われる存在になることが多い。
「情け」という、日本人独特の心がそうさせている、と本で読んだことがある。
まさしく私もそう思う。

こういういろんな情報や想いが交差する関ヶ原古戦場。
ロケハンで訪れたとある日は、その証拠に、驚くほどの訪問者で溢れていた。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:岐阜県 関ヶ原 Film Fuji ベルビア〕

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2012年02月01日

「関ヶ原」の物語 その6

明治維新とともに、徳川の時代が終わった。
歴史というのは、それぞれの権力者が、自分の都合に適さないものは、それまでの歴
史をも変えてしまうことを考えておかねばならない。

私が子どもの頃、歴史で学ぶ石田三成というのは、よくない人物として記憶している。
ところが今、その敗者側である、石田三成をはじめ、西軍の武将の人気がすごい。

現在、石田三成の陣跡が、関ヶ原古戦場の史跡の代表格になっている。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:岐阜県 関ヶ原 Film Fuji ベルビア〕

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