2013年08月31日

PENSの想い その5

家の庭を畑にするため、土を掘り返して土と石、あるいは石の大きさを分類する作業を続けています。
これらの作業を通して感じたことですが、「分類」という作業そのものが、生きて行く上で、非常に重要なものではないか、ということです。

膨大な量の何かを分類をする場合、両手を使い、瞬時に判断しなければなりません。
ところが、おもしろいもので、こういう単純な作業を続けているとき、客観的に別のことを考えているもう1人の自分が必ずいるということです。
これは私だけかもしれませんが・・・。

「やり方は正しいのか」
「もっと効率のいい方法があるのではないか」
「時間の無駄ではないか」
「こんなことをやって、どれだけの収穫になる」(収穫とは人生とか、そういう大きな意味でです)

そこで思い至るのは、こういう単純作業こそ、脳をフルに使っているのではないだろうか、ということなのです。

この単純作業で思ったことから、話を少し飛躍します。
幼い子どもたちが、大人からすれば無意味な作業を延々行なうことがあります。

砂場でスコップですくった砂を、その場に捨てては、またすくう。
積み木を積み上げ、倒れる、をひたすら繰り返す。

まったく見当違いかもしれませんが、もしかすると、こういう無意味な作業を繰り返しているとき、子どもたちは頭の中がフル回転しているのかもしれません。

写真・文:円満堂 修治

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