2012年06月17日

森の時間 その14

全員の視線が集まる。
要するに、全員が見守っている。

実は、これはとてもすごいことだと思う。

揚げ足を取るために見ているのではない。
「さあ、頼むよ」
という、全員の「想い」が込もった眼差しなのだ。

PS:別グループは、ちょっと冷やかしモードであることは言うまでもない。


写真・文:円満堂 修治

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2012年06月16日

森の時間 その13

確実に行なう次は、いかに早く回すか、という課題。
別のグループと競うことにより、真剣さが増す。

グループが本気で一丸となる瞬間。

写真・文:円満堂 修治

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2012年06月14日

森の時間 その12

いろんなカタチのボール。
これは、言い換えると、いろんな想いのカタチ。

相手のことを想って掛けた言葉でも、その表情が険しかったら、相手にはその本当の気持ちが伝わらない。

逆に、相手にとっては、とても辛く、痛いことであっても、想いを込めて、精一杯優しく投げたら、相手はしっかりとその意味を受け止めてくれる。

目に見えないものを、カタチに例える。
これは斬新である。

ここから先は余談になる。
私の個人的な話。

息子が中学生のとき。
それなりの反抗期があった。
それでなくても会話が下手な息子(今も)なのに、当時は更に会話が成立しない。
親父として、厳しく接するのは当たり前で、あらゆることに対して、おかしなことは、おかしいと、と言ってきた。

ところが、あるとき、明らかに息子自身の問題であることを、親父である私のせいにした。
ここは、私も「そうか」では済ませない。
とことん話をするつもりで挑んだが、まったく返答をしようとしない息子。

殻に入ったカタツムリ状態である。
私がどんなに努力しても無理であった。

そこで、私はボールを持ち出して、息子にキャッチボールをしようと、声を掛けた。
そして、このボールは想いがカタチになったものだ、と。

彼からボールを投げさせて、私はあえて受けずに、無視をした。
今、お前がしていることはこういうことに近い、ということを伝えようとした。
必死だった。

今、大学生の息子は、友人に、
「うちのお父さんとケンカしたとき、ボールが出て来たときには、わけが分からへんかった」
と、冗談で言っているらしい。
もちろん、その意味は分かっているが、とぼけている。

でもな、お前もいつか分かる時がくる。
親というのは、それほど必死だということを。
頭の中をヒックリ返して、自分の持てる知識、経験の中から、どうすれば伝わるのか、使えるものは、とにかくなんでも使う。
体裁なんて構っている場合ではないということを。

写真・文:円満堂 修治

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2012年06月13日

森の時間 その11

が、しかし!
時にはこういうこともある。

こういうときは、全員でフォローしよう!

写真・文:円満堂 修治

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2012年06月12日

森の時間 その10

サークルになった仲間全ての視線が空中に舞うボールに注がれる。
投げる方も、受ける方も、真剣だ。

この一瞬の沈黙。
20数年前にこのサークルボールに出会ったときから、この沈黙が私は好きだ。

なぜなら、それだけ全員が、そのボールの動き、いや「想い」がどうなるのか、固唾
を飲んで見守っているという証拠だからだ。


写真・文:円満堂 修治

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2012年06月11日

森の時間 その9

サークルボールというアイスブレークのゲームがある。
定番になってしまったが、20数年前に出会ったときには、その説得力に感激した。

ボールを言葉、想いに例えてキャッチボールをする。

出来るだけ優しく投げたい。
そうしなければ、受け取ってもらえない。

投げる側はこういう緊張感に包まれる。

写真・文:円満堂 修治

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2012年06月10日

森の時間 その8

関係作り。
これは、人と人が何かを行なうとき、必ず最初に行なわねばならないこと。

これは初対面では、どんなシーンでも行なわれている「儀式」と言ってもいいかもし
れない。
それは一瞬で行なわれることも、長い時間を掛けて行なわれることも。
そして、これは好き嫌いは関係なく、生きている上で、避け難い儀式でもある。

面倒だし、別に好きで関わりたいと思うわけでもない。
出来ることなら、自分一人心地いい時間、環境さえあればいい。
そう思うことも、確かにある。

だが、それで本当に生きていけるのだろうか?
・・・ちょっと、熱くなってしまった。

それくらい、関係作りというのは、疲れるものである。
そして、疲れるものほど、実は大切だったりする。

写真・文:円満堂 修治

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森の時間 その7

いよいよスタート。
今から森の時間となります。

それまで静かだったホールに、緊張が混じった笑い声が響く。
さあ、この笑い声が、表面的でなく、心の内から生まれることを願って、プログラム
が展開していきます。

写真・文:円満堂 修治

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2012年06月09日

森の時間 その6

準備が整った会場。
私もこういうシーンを何度も経験したが、この静かな時間がもっとも緊張するひとと
き。
静かであればあるほど、その緊張が高ぶる。

あとは腹を括るのみ。

写真・文:円満堂 修治

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森の時間 その5

プログラムのスタートは14時。
スタッフは朝の10時過ぎから現地入りして、フィールドの最終確認や、読み合わせ、
そしてリハーサルを行なう。

ここまでくると、プログラムも成功したのと同じ。
それくらい、準備の完成度が重要ということ。

写真・文:円満堂 修治

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