2012年04月13日

その場所の物語とつながる旅 その1-2

40数年来、酢の苦手な私が、それを塗り替える一大事件が起きた。
その事件が起こったのは、明治26年より京都府宮津市で酢作りをしている、「飯尾醸
造」さんでのことである。

結論から言うと、40数年を経て、やっと本物の酢というものに出会ったということ。
それまでの酢は一体何だったのか?
まったくそれとは別物である。

試飲用の小さなおちょこで飲み比べさせてもらうと、原料である米作りからこだわっ
て造られた、ということが、身体の芯から納得できる、そんなお酢だ。

本物というものを知らないので、実際は分かったようなことを言えないのだが、今回
だけは違う。
こうして身体の芯から全身に至るまで喜んでいることが、強烈に実感できるのだ。
これが何より証明している。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:京都府宮津 飯尾醸造 Film Fuji ベルビア〕

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2012年04月12日

その場所の物語とつながる旅 その1-1

私にとって、「お酢」とは苦手な存在だった。
子どもの頃、母親が作るキュウリとちりめんじゃこの酢の物。

健康にいいからと、たっぷりの酢に浸かったそれは、喉が通らないほどのあのなんと
もいえない刺激だった。
無理して呑み込むと、そのあと咳込んでしまう。

大人になった今も、この子どもの頃と変わらず、やはり酢の物はちょっと苦手である。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:京都府宮津 飯尾醸造 Film Fuji ベルビア〕

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「宮津に残る伝統の酢造りと、そこに隠れた素敵な物語」

長らくご無沙汰しております。
本当に時間の経つのは早いもので、ついこの前まで寒さに震えていたかと思えば、もう桜が散ろうとしております。
時間を大切にしなければ、という思いをあらためて感じています。

さて、PENS発足時より準備をしておりました大人の方向けのエコツアーをスタートする運びとなりました。
初回は、6/20(水)
行先は日本海側の天橋立で有名な宮津市です。
メインは、ここでこだわりにこだわりぬいた本物の「お酢」を醸造されている老舗「飯尾醸造」さんを訪れます。

本物のお酢の作り方とは。
徹底的にこだわることとは。

それを実感しながら、大切にしたいこの場所、そして人の物語に触れていきたいと考えております。
本日より、この初回ツアーのロケハンを行なったときの私の感じた物語を掲載してまいります。

エコツアー 〜その場所の物語とつながる旅 第1弾〜
「宮津に残る伝統の酢造りと、そこに隠れた素敵な物語」

に是非のご参加をお待ちしております。

エコツアー詳細は、PENSホームページや配布物にて行なって参ります。


文:円満堂 修治
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2012年03月13日

その場所への想い

通勤途中のこと。
とあるパスタの店が解体され、その残骸だけが残されていた。

この店は、娘が中学入学式の帰路に立ち寄った店だ。
正装した我々親と、真新しい制服姿を察した恐らく店長が、
「入学式ですか? おめでとうございます」
と、声を掛けてくれた。

この一言だったが、この道を日々往復するたびに、このことを思い出しては、あの日
の優しい気持ちになるのだった。

私も阪神大震災で、実家も全壊し、ふるさとの風景を奪われた。
そのときの空虚な気持ちは決して忘れない。

だが今日、たったあの日の思い出だけの店が、姿を消しただけなのに、再び心の一部
が欠けた。

3月11日、この国の多くの人が、この何倍、何百倍、いや計り知れないほどの大
切なものを失った。

それを想うと、とてもやりきれない。
だが、必要なことは、やはりいつまでもそれにとらわれていてはならないこと。
私たちは、前に進むしか与えられていない。

・・・言葉にすることは簡単だ。
でも、そんな簡単にはいかない・・・。


写真・文:円満堂 修治
〔写真:石川県 輪島市 Film Fuji ベルビア〕

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2012年03月12日

親の役回り

今日、ホームステイで、カナダに行く娘を空港まで送る。
自分より大きいぐらいのスーツケースに荷物を詰め込んでの出発。

自分が知らない場所、知らない世界へ飛び立つ姿に、子はいつまでも幼い子どもでは
なく、親はいつまでも親ではないという思いに駆られる。

親ではない、という表現は正しくない。
子は、大人になるに従って、親は次第にそれまでの親の役回りを変えていかねばなら
ないということだと思う。

嬉しいのだが、本音は寂しい。
本当に矛盾している。

でもこれが、「人生」というものなのだと思う。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:奈良県 明日香  Film Fuji ベルビア〕

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2012年02月26日

「関ヶ原」の物語 その8

訪れたのは秋のある日。
広がる田は、稲刈りが終わったあとだった。

そんな田を覗き込むと、不思議な模様が。
数日前に降った雨が作ったと思われる模様。

決戦の当日。
この田も多くの兵たちが駆けたことだろう。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:岐阜県 関ヶ原 Film Fuji ベルビア〕


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2012年02月18日

良寛さん

今、良寛に関する本を読んでいる。

村の子どもたちと手鞠をついたり、かくれんぼなどをする遊びの中に、良寛さんは何
か大切なものを見いだしていたのではないだろうか、という記述になんとなく共感で
きる。

目的もなく、利害関係もなく、ひたすらにそれに没頭すること。
確かに、子どもの頃はこうして無我夢中になって遊んだものだ。

「無我夢中」
いい響きだと思う。
この言葉には、良寛さんが仏道から行きついた、生きる上で忘れてはならない大切な
答えが含まれているのかもしれない。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:滋賀県 仰木 Film Fuji ベルビア〕

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2012年02月05日

「関ヶ原」の物語 その7

今、人気の武将は、石田三成らしい。
最近になって、次第にその真相がはっきりしてきたのかもしれない。
これは、ほんの少し前まで、まだ江戸時代の延長線上にあり、民衆の潜在意識の中で、
タブーが存在していた証しだと思う。

専門家ではないので、無責任な話になっていれば、お詫びしなければならないが、も
しそうだとしたら、まだ本当の意味で、維新を迎えられていないということになる。

また、日本には、敗者がその後に人々に敬われる存在になることが多い。
「情け」という、日本人独特の心がそうさせている、と本で読んだことがある。
まさしく私もそう思う。

こういういろんな情報や想いが交差する関ヶ原古戦場。
ロケハンで訪れたとある日は、その証拠に、驚くほどの訪問者で溢れていた。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:岐阜県 関ヶ原 Film Fuji ベルビア〕

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2012年02月01日

「関ヶ原」の物語 その6

明治維新とともに、徳川の時代が終わった。
歴史というのは、それぞれの権力者が、自分の都合に適さないものは、それまでの歴
史をも変えてしまうことを考えておかねばならない。

私が子どもの頃、歴史で学ぶ石田三成というのは、よくない人物として記憶している。
ところが今、その敗者側である、石田三成をはじめ、西軍の武将の人気がすごい。

現在、石田三成の陣跡が、関ヶ原古戦場の史跡の代表格になっている。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:岐阜県 関ヶ原 Film Fuji ベルビア〕

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2012年01月29日

「関ヶ原」の物語 その5

私は技術屋で、本職(この言い方もおかしいが)は設計という硬い仕事をしている。
ところが、設計というのは、黙々と図面を描く(今はCAD)という時代などはすぐに過ぎ
去り、すぐに客先との会議や社内のマネージメントという、「話す」ということが主
となる。

質問されたことに、その場で考え、判断し返答する。
要するに、考えたことを言葉にしなければならない。

これの繰り返しである。
あくまでも私の例だが、技術屋だから、しゃべらなくてもいい、というのは大間違い
で、むしろこちらの方が大切ではないだろうか。

そんなとき、私は歴史の中から多くのヒントが得られると思う。

写真・文:円満堂 修治
〔写真:岐阜県 関ヶ原 Film Fuji ベルビア〕

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